東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)27号 判決 1967年12月21日
原告
ニチバン株式会社
右代理人
岡弁良
外四名
被告
積水化学工業株式会社
右代理人
品川澄雄
吉原省三
右代理人弁理士
酒井正美
右復代理人弁理士
白川一一
主文
特許庁が昭和三五年審判第三六号事件について、昭和三九年二月二〇日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 原告請求原因事実は、すべて被告も自白しているところである。
二 すなわち、右争いのない事実によれば、原告の有する本件登録商標は、片仮名の「セロテープ」をいわゆる明朝風刷毛文字の書体で左横書きして成るもので、昭和二七年八月七月旧第五〇類セロファン製のテープを指定商品とし、登録第四一五、三六〇号商標(原告主張の「ニチバンセロテープ」の商標で、昭和二五年六月一三日出願、昭和二七年九月六日登録にかかるもの)の連合商標として登録出願され、昭和三四年一二月二一日登録商標第五四六、二二九号として登録されたものであるところ、被告は、昭和三五年一月二五日、本件商標について無効審判の請求(昭和三五年審判第三六号)をし、これに対し、特許庁は、昭和三九年二月二〇日、本件商標がその登録当時特別顕著であつたものということはできないという理由で、本件登録を無効とする旨の審決をし、右審決は同月二七日原告に送達されたものである。
三ところで、原告は、右審決には本件商標の特別顕著性に関する判断において違法がある旨主張するので、以下この点について判断する。
(一) 原告主張の事実についてはすべて被告の自白するところであり、したがつて、原告会社が、昭和二三年六月その創製にかかるセロファン製粘着テープを発売するにあたり、前記「ニチバンセロテープ」の商標とともに、新造語である「セロテープ」の仮名文字から構成される本件商標を採択し、それ以来、本件商標を前記「ニチバンセロテープ」の商標とともに前記商品について使用してきたこと、本件商標は、これを構成する「セロテープ」という文字からして、元来本件商標の指定商品であるセロファン製テープを暗示する性格を有するものではあつたけれども、右発売のころには、前記のような発売の事情に加えて、当記セロファンを素材とする商品がさほど市場に出廻つておらず、また、他にセロファン製粘着テープを製造販売する者がない状態であつたため、本件商標は、単に原告の前記商品の品質・形状を示すものないしはその普通名称としてではなく、その商標として取引者・需要者間に認識されていたこと、その後、原告の宣伝広告の努力もあつて、前記商品の売行が増大するとともに、本件商標も周知されるに至つたところ、昭和二八年ごろ以降原告に追随して同様の商品を製造販売する者が現われ、またセロファン製のテープについて「セロテープ」の文字を含む標章を使用する者も若干みられるようになり、新聞・雑誌等の刊行物にも「セロテープ」をセロファン製粘着テープの一般名称として扱つた記事があらわれ出し、さらにセロファンを素材とする商品も次第に市場に出廻るようになつてきたため、それに伴い本件商標もその商標としての商品識別機能が次第に薄弱化する傾向を示すようになつてきたこと(その間、原告は前記「ニチバンセロテーブ」の商標については昭和二七年九月に登録を得ていたが、同二八年四月には本件商標の登録出願につき拒絶査定を受け、抗告審判請求の結果昭和三一年八月には出願公告がなされたが、登録異議の申立が出て異議事件が係属することになつた。)、原告は、前記のような事態に接するに及び、商標管理を一段と強化し、「セロテープ」の文字を含む標章を使用する者や刊行物に「セロテープ」を一般名称のように使用する者に対しては警告を発してこれをやめさせるなどの手段をとる一方、新聞・ラジオ・テレビ・店頭広告・宣伝カー・展示会・野立看板・野球場広告・車内中吊広告・公園等のベンチなどありとあらゆる方法を利用し、巨額の経費を投じ、セロテープが前記原告製品の商標であることを示して広告宣伝につとめた結果、本件商標の登録時である昭和三四年一二月二一日当時には、本件商標も、原告会社の製造販売にかかるセロファン製粘着テープの商標として、取引者・需要者間に広く認識されるに至つており、また、すでにそのころには(これより先、被告が「セロテープ」の語を一部に含む構成の標章を使用し始めたことから原告との間に「セロテープ」の特別顕著性をめぐつて係争事件が起り、当時なお存続していたことは本訴審理の過程における双方の主張自体によつて明らかであるが、これを別として)原告以外に「セロテープ」の文字を含む標章を自己の製造販売する商品に使用する者は存在しなくなつていたこと、以上の各事実についても、本件当事者間に争いはない。
(二) 右各事実とくに本件商標がその登録時に指定商品の品質形状を表わすに過ぎないものないしは右商品の一般名称としてではなく原告の前記商品の商標として広く認識されていたとの事実等については、それが多数の人々の認識の問題に関するものである関係もあつて、特許庁の登録異議事件および無効審判事件においても相当長期にわたる審理を経たうえそれぞれの結論に達したという事情にもみられるとおり、その存否の判断はかならずしも容易ではなく、右の争いのない事実に反する事実が公知であるとすることは、とうていできないものといわなければならない。なお、証拠との関係からみても、いずれもその成立に争いのない<証拠>(これらの証拠は、特許庁における前記無効審判手続では提出されず、したがつて事実認定の資料とされなかつたものであることが本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。)等には、原告が本件商標の登録前にその主張するとおり新聞・ラジオ・テレビその他各種の媒体を通じて本件商標が原告の前記商品の商標であることを周知させるべく継続的かつ広範囲にわたる宣伝広告の活動をした事実の認定資料とするに充分な記載があり、その他当裁判所において取り調べた証拠中には、原告主張の事実の裏付となるべきものは多数みられるけれども、右事実に反するものは何ら存在しないのである。以上のとおりであつて、他にも自白にかかる前記各事実に基づき本訴請求の当否についての判断をすることについて、これをさまたげるべき理由はない。
(三) しかして、右争いのない各事実によれば、本件商標「セロテープ」は、すくなくともその登録時においては、その指定商品であるセロファン製テープを暗示するものではあつても、単にその品質・形状を表わすに過ぎないものではなく、また、その取引者・需要者において一般的に普通名称として使用されないしは認識されていたものではなく原告の商品であるセロファン製粘着テープの商標として自他商品識別機能を失わない程度に広く認識されていたものであつて、旧商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性を有していたものとみるのが相当であるから、この点について右と異なる判断をした前記審決には、本件登録商標の特別顕著性の存否に関する判断を誤つた違法があるといわなければならない。
四 したがつて、右審決の取消を求める原告の本訴請求はその理由がある。(多田貞治 杉山克彦 楠賢二)